ドコモでスーツを着なくなった日。

真理さんがドコモに吹き込んでくれた外の風に僕もひとつ便乗することにした。社会人になって3年も経つのににスーツに馴れず、特にネクタイの窮屈さが苦手だった僕はこの機会にスーツを着なくて済むようにならないかと考えたのである。真理さんのいたリクルートは営業はともかく編集や企画は私服での勤務がOKなはず。緊張しながら真理さんにそのことを告げると「いいんじゃない。」とこちらが拍子抜けるほどあっさりとOKしてくれた。念のため、榎さんにも確認したところ「早速、真理さん効果かね。本社とはロケーションも離れてることだしいいよ。」とのこと。こうしてスーツが当たり前のドコモにTシャツにジーンズにスニーカーという社員が誕生したのだった。

とはいえ本社に行くときなどはスーツに着替えられるようにオフィスに置きスーツをしていた。特にお堅い部署である経理のハンコをもらいに行くときなどに、服装がやぶ蛇で面倒なことになることを恐れたからだ。とはいえ置きスーツも1年ぐらいで終わる。うまく榎さんが取り計らってくれたからだ。

あるとき、大星社長が榎さんを招集したミーティングに同席することになった。社員数1万人規模のドコモという会社でぺーぺーが社長とのミーティングに同席する機会なんて滅多にあるものではない。ボストンコンサルティング堀紘一氏がカプコン辻本憲三氏を大星社長に引き合わせるということで、ゲームのことを分かる人間がいないからという理由で榎さんに同席を命じられた。さすがに社長と外部のお偉いさんの前にジーンズにスニーカーで出ていくことは憚られたので「置きスーツに着替えましょうか?」と榎さんに確認したのだが、榎さんはそのままの格好でよいとのこと。ただでさえ緊張するのに余計に緊張することになった。さらに大星社長と堀紘一氏の対面である。榎さんに「絶対に笑ってはいけない」と固く戒められた*1ので緊張もひとしおである。

当時バイオハザードが大ヒットしたカプコンとドコモが何か協業できるようなことはないか、という趣旨のディスカッションだったが、大星さんにバイオハザードを見てもらうため僕が辻本会長の前でバイオハザードをデモプレイするといういささか不思議なことになった。「まさかドコモに私服の社員がいらっしゃるとは」と辻本社長。それに「ドコモにもそういう多様性があっていいですなあ」と堀氏も同調されたことで気をよくした大星さんは「ドコモもNTTのようにお堅いだけではダメだとつねに私は言っとるんです」とさも自分が指示したかのように発言され、これによって私服は社長公認となった。榎さんは隣でニヤニヤしている。榎さんはある程度こうなることを予想していたのだろう。万が一社長から突っ込まれても榎さんがうまく言い返してくれたに違いない。

私服で仕事をしたからといってクリエイティビティが身につくわけでは決してない。それでもドコモに私服が認められる部署がある、というのは社内から人をリクルーティングするにあたっての道具になり得た。自由な雰囲気で仕事をしたいと思う人の方がiモードの開発に適正がある、それは言い過ぎでもモチベーションが高いのは明らかだからだ。エンタメ系のコンテンツプロバイダと交渉するときも私服の方が相手も身構えたり気を遣われることがなくてメリットがあったと思う。クールビズ導入以降、ノーネクタイが一般的になってカジュアルな傾向が強くなったが、当時のNTT、ドコモというのはそれほどまでにガチガチに堅い会社だった。

そんなわけで榎さん、真理さんのおかげでドコモ14年間の勤務の支店時代をのぞいた12年間、苦手なスーツを着ずに私服で通すことができた。ジーパン課長と揶揄されたりもしたけれど(笑)



バイオハザードはビビりの僕には本当に怖かった。

*1:理由はここでは書かない。