絵文字が日本で生まれた理由(わけ)

なぜ絵文字が生まれたのか? 「絵文字はなぜ生まれたか − メラビアンの法則」では絵文字によって端的なテキスト情報に感情情報を付加することでテキストコミュニケーションを円滑にしようとしたことを、「絵文字はなぜ生まれたか − PocketNet」では限られた情報量の中で絵文字を使うことで分かりやすく情報を伝えようとしたことを書いてきたが、絵文字を開発するにあたっては、これら2つの絵文字の役割についてそれぞれお手本となるものが存在した。感情情報の付加については「マンガ」、情報の分かりやすい伝達については「ピクトグラム」である。今回は絵文字が日本文化をバックボーンにして日本で生まれるべく生まれたことについて書きたいと思う。

漫符」というものをご存じだろうか?漫符とはマンガ特有の記号的表現のことで、具体的には汗を表した水滴型のマークを顔に描くことで「焦り」や「困惑」などを表現したり、湯気を表した曲線を頭の上に配置することで「怒り」を表現したり、電球マークを使うことで「閃き」を表現したりするようなものである。「漫符」という言葉が初めて使われたのは確か『サルでも描けるまんが教室』と記憶しているが定かではない。漫符という言葉のはじまりはともかく、手塚治虫ヒョウタンツギから出ている鼻息(?)マークから推察するに、マンガの黎明期から表現方法として使われていることは間違いない。

1972年生まれの僕は、小学2年生で「コロコロコミック」創刊、小学校高学年から中学生にかけて「少年ジャンプ」の黄金期、「ニュータイプ」創刊、高校生で「ヤングサンデー」「アフタヌーン」など数々のマンガ誌の創刊・黄金期を経験しており、いわばマンガの成長とともに育った世代であるので、こういった「漫符」スタンダードによる表現についてはごく自然に身についていた。ファミコンを買ってもらえない僕でも、母方の実家が床屋であったため待ち合い席用にマンガがあり、マンガについてはかなり早い時期から読んでいた。小学校低学年で『マカロニほうれん荘』のチャンピオンを読んでおり、小学校高学年にいたっては『課長島耕作』のモーニングを読んでいた早熟のマンガエリートである。そのようなこともあって(笑)ハートマーク以外の感情表現を記号に求めるにあたってマンガを参考にするのはごく自然な流れだった。

このように絵文字の開発にあたってメールに使うための感情系絵文字については基本的にマンガから着想を得た。自分が愛読しているマンガから、なるべく多くの人が理解できるスタンダードな漫符をピックアップしていったのだ。このような経緯で生まれた絵文字は以下のようなものである。

これらはマンガ由来のため、キスマークや♪、ZZZといった欧米でも一般的な表現はともかく、それ以外の記号については日本以外の国では意味が分かりにくいと思うのだが実際に海外でも使われているのだろうか?

ピクトグラム」が情報系の絵文字の由来になっていることについてはさほどの驚きはないだろう。ピクトグラムで有名なのはトイレを表すマークや非常口を表すマークだが、街のインフォメーション用サインとして広く使われている「ピクトグラム」を世界に広めたのも日本だということはあまり知られていない。1964年の東京オリンピックの開催にあたり世界中から多くの人が日本に集まることになったが、当時は施設に対して「食堂」「お手洗い」のように日本語の表示しかされておらず、世界中から来日する人に対してどのようにナビゲートしていけばよいかが問題になった。そこで「各国の文字をすべて案内に表示することは不可能、であれば「絵」で表現すればよいのではないか」と提案したのが東京オリンピックのデザイン専門委員会委員長を務めた勝見勝氏だった。氏のもとに多くの若手デザイナーが集い、いくつものピクトグラムが考案された。

当時考案されたピクトグラムこちら

ピクトグラムの考案において最も難しかったのは「トイレ」だったという。オリンピックの競技種目が体系的にピクトグラム化されたのもこの時が初めてで、これが高く評価され、その後のオリンピックでも各国が競技種目のピクトグラムをデザインしていくことが慣例となったという。またトイレなどインフォメーション用のピクトグラムもこれがきっかけで世界中に広がっていった。現在、海外に旅行してもわれわれが迷うことなくトイレにたどり着けるのは日本の先人のおかげなのだ。日本発のピクトグラムが世界に広がっていくことを後押ししたのも勝見氏の功績。というのもピクトグラムが完成したときに勝見氏がデザイナーに呼びかけて著作権を放棄させたからだ。僕が開発した絵文字も当初著作権を取得しなかった(これについてはいずれ語る)のだが、この点も普及していくために重要な要素だったといえよう。

ピクトグラムを参考に生まれた絵文字は以下のようなものである。

このように絵文字は「マンガ」と「ピクトグラム」というどちらも日本発の文化をバックボーンにして日本で生まれるべく生まれたわけだが、その土壌は「漢字」文化にあると僕は考えている。漢字はアルファベットのような表音文字に対して表意文字といわれるが、漢字そのものがそもそも甲骨文字という「絵文字」から生まれたものである。⇒漢字の成り立ち

iモードの開発においてもディスプレイ領域の制約が厳しい中、少ない文字数で伝達できる漢字の便利さに救われたものだ。Twitterの140文字という文字制限においても日本語は非常に有利で、英文でツイートしてみれば分かるのだが「え!?これだけの内容しか書けないの!?」とTwitterに慣れた日本人ほど驚く。漢字はもちろん中国が本家だが、早い段階から仮名文字を作り出してハイブリッドな表現方法に慣れてきた日本人は文字や絵による情報伝達が得意なのだろう。もちろん日本語も長所もあれば短所もあって、1音に1語乗せられる英語に対して1音に1音しか乗せられないから音楽には向いていない。全角文字だから数学やコンピューターにも向いていない。表音文字によって作られたコンピューターに表意文字によって作られた絵文字が乗っかって多くの人が使っていると考えてみるとおもしろい。