絵文字はなぜ生まれたか − PocketNet

デジタルのデキストコミュニケーションにおける齟齬をなくすために、テキストに感情情報を付帯する役割として絵文字が生まれたという話を前回書いたが、絵文字が生まれた理由としてはもうひとつ、限られた制約の中で情報を分かりやすく伝える、という役割もあった。

iモードは「ケータイだけでインターネットできる」をコアバリューとして開発されたサービスである。インターネットに必要なパソコンとプロバイダ契約というエントリーバリアーの高さをできる限り低くし、ごく一般の人がインターネットを使って情報を検索したり、コンテンツを楽しんだり、eメールを使ったりすることができる世の中を目指していた。

とはいえ当時のケータイのディスプレイサイズはiモードのために大きくしたとはいえ、横全角8文字、縦全角6文字、計全角48文字を表示できるだけの、今から思えばあまりにも小さく表現力に乏しいディスプレイだった。通信量とモノクロディスプレイの関係から画像を表示することも困難(のちにGifのライセンス契約が成立して501iからGifの表示は可能となるが、仕様検討時は画像表示はできないという前提だった)。この限られた表現力の端末で天気予報やニュース、占いといった情報コンテンツを見てもらわなければならない。そうなると必然的に絵文字のような情報を分かりやすく伝えるためのアイコンが必要となったのである。

実はケータイによる情報配信サービスはiモードが世界初ではない。アメリカの通信キャリアであるAT&Tワイヤレスがアメリカで1997年頃から2004年まで提供していたPocketNetというサービスがある。このサービスはCDPD(Cellular Digital Packet Data)という、AMPS(アナログ方式の第一世代携帯電話北米規格)の携帯電話が通常使っている帯域(800MHz〜900MHz)のうち使われていない帯域幅をデータ転送に利用する方式が使われていた。このCDPDはあまり普及せず最終的にはGPRS(General Packet Radio Service)に敗れることになるが、とはいえ1997年当時は先進技術であり、一般消費者向けのインターネットサービスの草分け的存在であった。さらにPocketNet対応の端末はエリクソンの他は意外なことにパナソニック三菱電機という日本メーカーから出ていた。

PocketNetのCM

iモードの仕様を策定中だった1997年、僕は開発の参考にするためにサンフランシスコに行って、PocketNetをホテルの部屋で使い倒したことがある。サンフランシスコの路面電車から日本のPCにPocketNetの端末からeメールを送った後、わざわざ電話でメールが届いているかどうか確認してちゃんと届いていたときは感動したものだ。上記のCMで端末にディスプレイが映っているのでお分かりだと思うが、表示がエリアが3行しかない上にテキストばかりで分かりづらい。天気予報は「Sunny」とか「Cloudy」とか全部文字で表記されるし、表示方法もHDML方式のように画面をスクロールするのではなくページをボタンでめくっていくタイプのUIでとにかく使いづらかった。この体験がなければiモードのあのUIは生まれなかっただろう。PocketNetの天気予報やスポーツニュースや占いコンテンツを使うことで、文字だけで情報を伝える難しさも痛感したのである。もしニュースの天気予報で絵文字を使っていなかったら、ものすごく分かりにくいことになるのは容易に想像できる。

絵文字は文字に感情情報を付帯するだけでなく、限られた情報量の中でいかに分かりやすく情報を伝えるか、というニーズからも生まれたものなのである。